とにかくコスパという言葉を目にします。
それが最高の評価基準と言わんばかりに、そこまでいかなくても「良いと思いました」くらいの気分でコスパ良し!などと書いてしまうわけですよね。
そのコスパと対極にあるのが「ブランド」です。手順を踏んでしっかりしたブランディングができれば、購入する人は「このブランドであれば間違いなく自分が期待していた品質のものが提供される」ということを信じて商品やサービスを購入するわけです。
人の労働力や価値というものも同じようなもので、ある程度の「肩書き」なり「実績」があればそれは労働力のブランドとして意味を持つわけです。
それがない場合、あるいは少し自信がない場合、人はコスパで判断されます。つまり人件費に見合った成果を出しているか、あるいは管理職並みのリーダーシップを発揮しているか評価されるわけです。
だからといって飲み会に参加することを薦めるわけではありません。
もしかすると、昔、親が酒を飲みすぎて酔っぱらっているのを見て嫌悪感を感じたのかもしれません。身体に良いことではないので飲まない方が良いかなとも思います。
大事なのは自分がコスパで判断されることを微妙にずらすスタンスです。それはとても話が上手いということでも良いですし、普段は目立たなくても本番のプレゼンやアドリブが効くというようなことでもかまいません。コスパという物差しから逃走して自分らしさを発揮する手法、場面をいかに作るかということ目を向けて欲しいと思います。
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