正しく老いることは難しいのか?

Unsplashのnote thanunが撮影した写真

誰でも老いる。身体は若い時のようには動かず動作は緩慢になり、耳も聞こえづらくなり、声はしゃがれて何を言っているのかわからずもう一度はっきり言うようにうながされる。咄嗟の判断力は落ち、同時にいくつかの業務をこなすことが難しくなる。
誰でも老いれば大体そのような状態になる。それでも若い人から信望の篤い人もいる。豊富な経験と知恵を必要な時にアドバイスしてくれる老人。数多くの失敗や貧困、苦難、ささやかな成功の積み重ねから得た「人とはこうあるべき」という倫理観が血と肉と骨にしみついている老人。財産や人脈、健康に恵まれていても謙虚な老人。
確かにそういう老人もいるのだが、マスコミの報道やネットで見聞きする醜悪な老人の姿には大きな溜息が出てしまう。我欲の塊、厚顔無恥、狡猾、卑怯、保身…
そうした「老害」にならないように、耳順ー「六十にして耳順(したが)う」(周囲の言うことに耳を傾けなさい)という教訓が2500年も昔に『論語』で示されている。
すでにその年を迎えた今、学生の頃に漢文や倫理で覚えた浅薄な知識でしかない『論語』をじっくり読んでみようかと思う。

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